2020年秋、九州(長崎)へ子連れ旅行へ行った記録です。
前回の記事の続きです。
ホテルでの朝食
Restaurant「Pavé」(パヴェ)にて朝食バイキング。
感染対策もきっちりと。
人がわりと多くて、並んでいるお料理の写真は撮れなかったのですが、、、
パパのご飯に、
長女?のご飯。
こちらは私。普段はパンだけど、和食の気分だったので。
各々好きなものを食べました(^^)
路面電車で移動。
この日は雲1つない晴天でした。
朝食後、少し休憩してから2日目、行動開始!
ホテルのすぐそばには、長崎ちゃんぽんのお店、四海樓がありました。
長崎ちゃんぽんの発祥のお店ということでぜひ行ってみたかったのですが、なかなか行く時間がなく。今回は残念でしたが、また今度長崎に行った際にはぜひ立ち寄ってみたいです(^^)
この日はたくさん長崎市内を回ろうと思っていたので、ホテルのフロントにて路面電車の1日乗車券を買いました。
大人1人500円也。(子供は半額)
5系統 大浦天主堂駅から乗り、新地中華街にて1系統へ乗り換え。
30分ほどで平和公園駅に到着しました。
平和公園へ。
平和公園へは歩いてすぐです。
入口からエスカレーター、もしくは階段で登っていくと、、、
目の前に平和の泉が見えてきます。
どれだけ暑かった=熱かったのか、、、この少女のことを想像すると、言葉になりません。
奥へ進んでいくと、世界の国々から寄贈された平和を願うモニュメントが建てられています。
長崎の鐘。
原爆により亡くなった方々への冥福を祈るため、原爆投下から33回忌に当たる1977年に建てられたそうです。
平和祈念像。
毎年8月9日、この平和祈念像の目の前の広場で平和祈念式典が行われています。
毎年テレビで見ていたこの光景が、目の前にありました。
平和祈念像の隣には、世界平和の思いを込めて折られた折鶴の塔があります。
平和公園の中には原爆落下中心地があります。
ここに原爆が落とされたとは思えないほど立派な木々が立ち、美しい街並みがありました。75年の月日が経ちますが、ここまで来るまでにどれだけの苦労や努力があったのでしょうか。
被爆当時の地層も残されていました。
原爆資料館へ。
公園の一角には、長崎原爆資料館があります。
私は高校の修学旅行が広島で、その時広島の平和記念資料館へ行っています。歴史上の出来事として原爆投下の事実は学習していたものの、その事実を資料館に展示されていたあらゆるもので目の当たりにした時には、高校生だった私には衝撃すぎて相当なショックを受けた記憶がありました。正直今回、資料館に入ることにためらいもあったのですが、、、せっかく長崎までやってきたのに、日本人としてここで見ないで帰るわけにはいけないと思い入館してきました。
当初は子供たちはパパに任せ1人で見てこようと思っていましたが、小4の長女が行ってみたいというので、パパと次女は公園に残り、長女だけ一緒に連れていくことにしました。
長女にもカメラを持たせ、たくさん写真も撮りましたが、ここに載せるのはやめておきます。75年前にこのような事実があったこと。これを歴史の一部分と思わず、ずっと心に留めておかなければいけないと思います。
私が思わず目をそらしたくなるようなものや写真もたくさん展示されていましたが、長女は音声ガイドを借りて、どれもじっくりと真剣に見ていました。10歳の心にも何か響くものがあったのだと思います。
残念ながら、現在はコロナの影響で臨時休館となっているようですが、また再開したら、長崎に出かける機会がある方は是非見てもらいたいです。
次回へ続く、、、